湯田温泉の名を広く知らしめたものの中に、『山口十境詩』というものがあるのをご存じでしょうか?
足湯のある湯田の脇道に建てられた詩碑には、その中のひとつである「温泉春色」という詩が刻まれています。
大内弘世公の時代に山口を訪れた明の使者・趙秩(ちょうちつ)は、名勝十箇所を選び、『山口十境詩』と題して十境の詩を詠みました。その中にある「温泉春色」は、湯田温泉を象徴したもので、趙秩は湯田の自然を「姿がすぐれふっくらとしている」と賞賛しています。
「温泉の春色(しゅんしょく)」 山川、秀孕たり、陰陽の炭
天地、鋳成せらる、造化の炉
誰か献じけむ、玉鴎、天宝の後
派分して、春色、東隅に到る
現代語訳 この地(湯田)の自然(山川)は姿がすぐれふっくらとしている。これは陰の気と陽の気が激突して流れる出る溶岩が造りあげた結晶である。
すなわち、天地万物は、天然の溶鉱炉の中で鉱物を溶かして鋳型にはめて造りだされたものといえる。
それにしても、いったい誰が、唐の玄宗皇帝の治世、天保(七四二~七五五)の後までも美しい百合鴎を献上したのであろう。
それか派かれて分かれて、ついに東方の国、日本の一隅まで飛んできて、周防の湯田の川面にその可憐な姿を浮かべ、春景色を美しく描き出している。
